モノを生み出す人々と現場

酒製造

宮田 恵介 さん

宮田 恵介
写真:備前焼の窯

岡山県の最西北端、
新見市で創業し約100年。
初代が培った開拓精神を軸に蔵の味を研鑽。

豊かな自然を活かした産業・農業が盛んな岡山県新見市。この地に根差し、酒造りを続けているのが『三光正宗』です。
酒蔵の正面には、蔵名の由来にもなった、三光鳥が住むといわれる三光山がそびえ立ち、背後には岡山三大河川のひとつ高梁川の源流・神代川が流れています。

写真:三光山三光山
写真:米

「ここ『三光正宗』の酒造りの味を支えるのが、この清らかな水であり、その恩恵を受けて育った米。新見市は、酒造好適米の代表「山田錦」や幻の酒米と言われる「雄町米」などを栽培する米どころ。まさに酒造りの地としてふさわしい地で大正2(1913)年創業しました。

「この蔵はもともと、曽祖父である宮田重五郎が移民先のアメリカから帰国し、一念発起して立ち上げました。移住中、イチゴ農園を経営しながら貯めた財産で、製造免許を取得し始めたと聞いています」。
そう教えてくれたのは、平成27(2015)年に4代目として暖簾を引き継いだ宮田恵介さん。

写真:宮田恵介さん
写真:工場前のすぎ玉

焼酎新時代の幕開けを担う
米焼酎「粋」が誕生。
焼酎のイメージを一新した味わいが全国へ。

『三光正宗』は現在、清酒と焼酎を中心に展開。中でも、米焼酎「粋(すい)」は、先代であり父である宮田廉吾さんの思い入れが強いお酒だと言います。
「昭和20年、30年代の焼酎といえば、清酒造りでできた酒粕を使って作る『粕取り焼酎』が主流。独特の香りを持ち、かなり個性的なものでした。父は、海外のラム酒に影響を受け、すっきりクセのない焼酎造りの模索を始めたのです」。

写真:米焼酎「粋」

時は、第一次焼酎ブームが巻き起こった昭和50年代。『岡山県工業技術センター』が開発した米粉を使った新しい焼酎製造技術を共同で実用化に向け発展させ、看板商品の米焼酎「粋」を完成させました。

かつての焼酎のイメージを一新させるクリアな旨味、米焼酎ならではの風味豊かですっきりとした味わいが評判となり、全国に流通。
もともと酒どころとして一目置かれていた岡山の名を、より確固たるものにさせる、ひとつの代表作になったのです。

写真:タンクの前の宮田さん
写真:作業風景
写真:工場内の風景
写真:グラスに注いだ焼酎
写真:三光正宗の清酒

目指すは、創業者ゆかりの地・
アメリカ進出。
フロンティア精神を大切に、
新たな挑戦は続く。

酒造りにおいては「現代の名工」と言われる備中杜氏・大塚順一氏が約50年にわたり、味と品質の土台を確立。平成19(2007)年の引退後は、麹造りに定評があった熟練の腕を持つ杜氏・高垣克正氏を迎え、宮田さんと二人三脚で酒造りに挑んでいます。
「味の基礎を築いたのも、『粋』の味を完成させたのも大塚でした。高垣も経験豊かな職人。当蔵の味をしっかり引き継ぎながら、高垣ならではの味を磨いてほしい」。

写真:三光正宗のロゴマーク三光正宗のロゴマーク
写真:アルミ缶入りの焼酎アルミ缶入りの焼酎

酒造りを小さな頃から見守り続け、そして自身もここを継ぐまでは、県外の酒蔵で酒造りの造詣を深めてきた宮田さん。今後の目標は、海外市場への進出だと言います。
「私たちは新見の地、岡山の地に根差した酒造りを軸に、創業のきっかけを作った曽祖父ゆかりの地・アメリカにも『三光正宗』の味を浸透させたいと思っています。当蔵のロゴは、酒屋とイチゴのマークを掛けあわせたデザイン。創業当時の開拓精神を忘れず、新しい物づくりをする姿勢と、伝統を守る姿勢、どちらも大切にしたい私たちの想いが詰まっています」。

写真:タンクと宮田さんの後ろ姿

新見市の特産「哲西栗」を使った焼酎の開発も、アルミ缶に絞りたての生酒を詰めた「三光ひのくち」も、「挑戦」から生まれた商品のひとつ

古き良きものを重んじながら、開拓精神を持って前進する酒造りと取組み。その熱き想いと、酒造りの3条件「水・米・技」に裏打ちされた酒を世界に浸透させる挑戦は、まだまだ続きます。

写真:宮田 恵介 さん

Profile

酒製造
「三光正宗」 4代目 宮田 恵介(みやた けいすけ)

新見市で日本酒・焼酎を造る酒蔵の老舗『三光正宗』の4代目。広島の酒造メーカーで酒造りの修業を経て、平成8年 に入社。地に根差した酒造り、伝統の味を大切にしながら、新しい取組みや試みにも意欲的に挑戦している。

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