モノを生み出す人々と現場

倉敷ガラス職人

小谷こたに 栄次えいじ さん

小谷 栄次
写真:倉敷ガラス
写真:倉敷ガラス

健康で、無駄がなく、
真面目で、威張らない、「倉敷ガラス」。

「倉敷ガラス」とは、御歳85歳の創始者・小谷眞三(こたにしんぞう)さんとその息子の栄次さんが作る、吹きガラス製品の総称です。それは、作家が作る作品ではなく、「生活のための道具」として職人が作る実用品。親交の深かった「倉敷民藝館」の元館長・外村吉之介(とのむらきちのすけ)が説いた「健康で、無駄がなく、真面目で、威張らない」という民藝の精神を体現するものです。

「用」を追求する中で、自然と生まれる簡素な「美」をたたえる倉敷ガラスの数々は、50年の長きにわたって愛用され、「小谷ブルー」と称される独特の青色も多くの人を惹き付けています。

写真:溶解炉に吹き竿を入れる小谷さん
写真:溶けた硝子を見つめる小谷さん
写真:吹き竿に巻き付けた硝子

「スタジオ・グラス」の手法で、
独特の造形と美しさを生み出す。

従来、吹きガラスは複数人のチームでしか作れないものでした。しかし「倉敷ガラス」は眞三さんが確立させた、自らの工房ですべての工程をたったひとりで行う「スタジオ・グラス」というスタイルで作られています。

「その工程は、溶解炉の中で赤く輝く水あめ状に溶けたガラスを、吹き竿に巻き付けることから始まります」
と栄次さん。竿に息を吹き込み、ガラスを膨らませたら、溶解炉に入れ、再び竿にガラスを巻き付ける。今度は、缶の型の中にガラスを入れて膨らませ、倉敷ガラス独特の網目模様をつける。水あめ状のガラスを、たった1人で形成するには、時間が命。瞬間を見極め、出来上がりを想像し、時に繊細に、時にダイナミックにガラスと向き合います。職人が紡ぎ出す品々は、ほかではまねのできない造形と、ガラスでありながら、どこか温かさをも感じさせる美しさが息づいているのです。

MOVIE
動画:倉敷ガラス
写真:ガラスに網目模様をつける
写真:ガラスの形成
写真:ガラスを吹く小谷さん
写真:倉敷ガラス
写真:ガラス造りの道具
写真:倉敷ガラス

基本は同じでも、微妙に異なる。
父と子、それぞれの「倉敷ガラス」。

栄次さんが父・眞三さんの弟子となり、吹きガラス職人の道を歩み始めたのは今から30年ほど前のことです。小鉢だけを7年間、その後はぐい呑みとコップを、毎日深夜まで黙々と作り続けてきました。そして10年目の平成5(1993)年、「倉敷ガラス 眞三・栄次父子展」を開いたのを機に、自身のガラス製品を倉敷ガラスとして世に出せるようになったのです。それから22年、栄次さんは「数(かず)もの」と呼ばれる定番のコップや小鉢、丸瓶、ぐい呑みなど、6種の倉敷ガラスをひたすら吹いてきました。

写真:倉敷ガラス
写真:倉敷ガラス

「生活の道具だから、そのものが持つ適度な重さというのは必要。軽すぎたら不安だし、重すぎたら使いにくい」。
父子の基本的な考えは同じですが、栄次さん自身の思いから、同じ品でも微妙な違いがあるのだとか。たとえば、
「親父のコップは全体的に厚めだけど、僕の場合は飲んだ時の口当たりを考えて、口のところを薄くしている。ぶつけたら負けるかもしれんけど、普通に使うには十分な厚さ」
と言います。2人それぞれの作り手により、完成品は違った趣をたたえていますが、共通しているのは、ほどよい厚みと、一つひとつわずかに異なる手仕事ならではの素朴で温かい表情。手のひらにしっくりと馴染むやわらかな形からは、作り手の優しさがやんわりと伝わってきます。

写真:小谷さんと愛車

「健康で、無駄がなく、真面目で、威張らない」。
そこを出発点に、眞三さんが紡ぐ倉敷ガラスを、長年、身近に見続けてきた栄次さん。
「モノを作る姿勢と、気持ちを受け継ぐことが大事。これからも、生活の道具として役に立つガラスを作っていきたい」
と真摯な表情を浮かべました。

写真:小谷 栄次 さん

Profile

倉敷ガラス職人
小谷 栄次(こたに えいじ)

『倉敷ガラス』の生みの親・小谷眞三さんの長男として生まれる。昭和61(1986)年、眞三さんに弟子入り。平成14(2002)年「日本民藝館展」初入選。ほかに平成15(2003)年「日本民藝館展奨励賞」、平成22(2010)年「倉敷市文化奨励賞」などを受賞。

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